06/12/01 アプリコ大ホール 8年前にオープンしたこのホールで多分今回が初めてとなる本格グランドオペラの公演があった。もともとオペラ公演まで念頭において設計されていないから、果たして公演可能かこちらも半信半疑だったが、見事な公演だった。恐らく舞台の奥行きは一杯一杯で、楽屋は当然スペース不足で裏ではてんてこ舞いだったことだろう。
何せ210人からの、ウクライナは首都キエフオペラ座の引越し公演だから言葉の問題もあるし、裏方は大変な騒ぎだったろう。 このオペラ団、既に日本縦断公演をほぼ終え、後は東京文化会館での3回の公演を残すのみ。9月から4ヶ月に亘り、「アイーダ」「トゥーランドット」合わせて全60回近い公演だから、皆疲れ気味。 世界屈指のと言うわけにはいかないが、そこそこ歴史も伝統もある本格派のオペラ団で、見事な演奏だった。ソリストは勿論誰も知らない。因みにカラフにはヴァレーリ・ペンデロウ(太い声で迫力があったが細部は荒削り)、トゥーランドットはオレナ・スタヴォルツォーヴァ(とても覚えられない発音)、リューにオレハ・ナホルナ。指揮、ヴォロジミール・コジュハル、管弦楽、合唱、バレエは全てウクライナ国立歌劇場のもの。 このプッチーニ最後の作品となったオペラ、舞台は中国で、プッチーニの異国趣味の集大成の如きものとなっている。中国を象徴するドラが鳴ること、鳴ること。打楽器奏者は疲れたろう。こんなにドラが鳴る作品も他にないのではと思うほど。 マダムバタフライでも日本情緒を出すために、いくつか日本の古い旋律、例えば「宮さん、宮さん」とか「お江戸日本橋」を随所に取り入れたが、ここでも中国っぽい旋律が出てくる。その一つは、その昔渡邊はま子が歌ってヒットした「サンフランシスコのチャイナタウン」の冒頭の部分、「桑港のチャイナタウン 夜霧に濡れて夢紅く誰を待つ君を待つ 柳の小窓・・・」の旋律がそっくり出てくる。とするとあれは佐々木俊一と言う人が作曲したらしいが、一部盗作かも知れない。 コスチュームがきれいだったことは特筆に価するが、反面背景の書割はかなりひどいものだった。 スフィンクス並みにトゥーランドットが3つの謎をかけ、解ければ妃になってやるが、一つでも解けない場合は、即死刑という残虐なトリックをしかける。これをカラフが見事に解いてみせるが、トゥーランドットは約束をたがえて散々駄々をこねる。仕方がない、今度はカラフが、もし夜明けまでにトゥーランドット姫が自分の名前(カラフ)を知ることが出来たら、自分は死んでもいい。逆に夜明けまでに分からなければその時こそ自分の妃になれ、とかなりの譲歩案を出す。 結局、分からないまま夜明けを迎えるものの、姫は更にゴチャゴチャいい続ける辺り、いい加減にせんかい、という気分になる。最後はカラフが掻き口説いて、やっと氷のような姫君の心も解けてメデタシ、メデタシ。 テノールはあの超有名なアリア、「誰も寝てはならぬ」があるが、トゥーランドット姫には実はこれと言ったアリアがなく、寧ろ女奴隷リューが珠玉のようなアリアを二つも歌う。(「お聞きください、王子様」「氷のような姫君の心も」)しかし、トゥーランドットは特に2幕などは高音域でほとんど歌いっぱなしとなり、余程強力な喉の持ち主でないとこの役は務まらないと思う。 ほぼ満席だったが、平日の午後ということもあり、おばぁさんからおばはんが7割、3割がお爺さんとおっさん。若い人はほとんど見かけず。また、オペラを観るのは初めてという聴衆が圧倒的だったようで、最後の拍手喝采も極めて控えめで、ましてや「ブラーヴォ」など皆無。仕方がない、恥をしのんで3度ほど叫んでみた。 最近は海外も含めてどこのオペラ座でも電光掲示板にセリフが流れるので筋を辿るのが楽。日本語は縦書きなので、舞台の両側に縦に流す利点がある。海外では舞台の上に横に流す掲示板なので、前列席だと仰ぎ見るかたちとなり、首が疲れる。尤もドイツ語やチェコ語を見てもさっぱりだから我々には関係ないといやーないのだが。 ![]()
by grappa-tei
| 2006-12-01 22:27
| 音楽
|
最新の記事
タグ
検索
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||