090914 パリを巴里と書くとなんとなくレトロな感じがして好んで使うが、倫敦や羅馬は滅多に。
後半はいよいよ巴里へ。バイヨンヌと保養地ビアリッツの丁度中間に、いかにも鄙びた空港がある。市心から路線バスが出ているのを地元の観光協会で確認してあったのに、乗り場を間違えるという不手際。結局、空港到着は離陸20分前となり、カウンターでスタッフから嫌みを言われる始末。そういう時に限って遅れたりするもの。30分遅れて出発。約1時間のフライト。

巴里のホテルは、ここ4年連続で泊っているオペラ座まで1分で行ける立地。メトロが縦横に発達しているとは言え、市心に近い方が何かと便利。出かけていても疲れたら、一旦宿に戻れる利点が大きい。室料は約2万円(税込朝食別)

まずは入ったこのない
サン・シュルピス教会で、ドラクロワの絵を見た。ロマン派の先駆け的存在だった
ドラクロワの絵がこの教会の祭壇を飾っている。深い青や紫を基調にした力強い作品。ゴーギャンやドニも描いているテーマ、「
天使と格闘するヤコブ」。壁画でなく、アトリエでキャンバスに描いたものを張り付けたと説明にある。

サン・シュルピスから広いサン・ジェルマン大通りを渡ったところにある
国立ドラクロワ美術館へ。路地奥のこじんまりとした美術館(というより博物館が正しいかな)ドラクロアの最後の住まい兼アトリエがあったところが博物館になっていて、小さなところだから、無論大作は置いていないが、小品ながら、味わい深い作品やゆかりの品々が展示されている。

この館のある場所はRUE DE FURSTENBERGというが、通りというより、可愛らしい広場になっていて、真ん中にこいうして大きな木が植わっている。この一画に何故かディスコ・ハウスがあって、昔、何度か踊りに来たのだが、今はない。

そこからECOLE DES BEAUX ARTS(国立絵画院 - モジリアニが後に妻となるジャンヌ・エビュテルヌを見染めたのがここ)のあるRUE BONAPARTEを抜けるともう川岸だ。ブキニストを冷やかしながら移動。カミさんはジェラール・フィリップ朗読の「星の王子様」のCDを買っていた。

歩行者専用のPONT DES ARTS上では、青空の下、腰をかがめて何やら一心に描く画家らしき姿も。

翌日は第一日曜日だから、国立美術館・博物館は無料。早めにホテルから歩いてルーブル本館へ。開場30分以上前で既にこの列だ。しかし、9時半入場開始で、瞬く間に中に入ってしまった。収容力の大きさがうかがえる。真っ先に向かったのは「
ナポレオンの戴冠」(ジャック・ルイ・ダヴィッド)などが展示されているホール。何やら展示位置が変わっていると思ったら、何故かイスラム絵画群の展示が予定されていて、その為の変更とか。好きな「
レカミエ夫人」(同じくダヴィッド)も隣へ移動していた。

その後、イタリア派の大回廊を通り、一応
モナリザさんにも挨拶と思って立ち寄ったが、既にこのざまだ。昼メシ時でもあり、最後に、対面にあるヴェロネーゼの「
カナの婚礼」を見て、引き上げる。3時間いれば十分。それにしても中国人がますます目立つし、マナーの悪さも相変わらずだ。自分を名画や彫像と一緒に写すことに熱心で、作品はほとんど見ていない。フラッシュ撮影は当然禁止だが、アチコチでピカリ、またピカリ。館員不足で、注意もままならず、諦め顔。困ったもんだ。

翌日は、前日見残したオルセーに行こうと思ったら月曜は休館日。本館は火曜なので、同じと思って、うっかりした。今回は印象派諦めて、久しぶりに
ノートルダム寺院へ。←動画はここをクリック。定番のバラ窓を撮影するも、望遠だとどうしても不出来だ。

内部の一隅にこのような精巧な木製レプリカが展示してある。昔はなかったものだ。この後、セーヌ川沿いに寺院のバックシャン(死語?)ぶりを鑑賞して、再び河岸をブラリブラリ。今日も絶好の秋日よりだ。

往時と比べて、こうした観光船が圧倒的に増えた。


4日目は、カミさんが行きたがっていたピアフの住んだ町へ。メニルモンタンという、外国人の多く住む、余り冴えない一画にMusée Piafがある。残念ながら、工事中で閉館。カミさんはその辺でピアフが歌っていただろうと思える辺りを盛んにカメラに収めていたが、観光客らしく姿は皆無。そこから、メトロでモンマルトルへ。↑はヘクトル・ベルリオーズの墓石。

こちらは文豪、エミール・ゾラさん。市内の墓地としては、20区のペール・ラシェーズが断トツに大きく、それこそピアフ、モジリアニ夫妻、イブ・モンタン夫妻他数え切れないほどのセレブが眠っている。他に、モンパルナス、このモンマルトルの墓地がよく知られている。そう言えば、初めて添乗で巴里に来た時に泊った宿はモンマルトル墓地を真下に見下ろすTERASS HOTELだった。

こちらはド派手なダリダ(シャンソン歌手 - 本名がJolande Gigliottiとは地味な!どうやらイタリア系)のお墓。暑いし、疲れたらしく、カミさんが「もういいわ!」と音を上げるのを愚亭が執念でやっと見つけてやった。どっかに墓地の入り口があるだろうと高をくくったのが間違い。結局、周囲を一周しちまったから、中に入った時は既に疲れ切っていたわけ。

他にも、画家エドガー・ドガのもあったようだが、見取り図で見ると遠くにあるらしいので、断念。最後に見つけたのが、このジョセフ・コスマの墓。言わずとしれた名曲「枯葉」の作曲家だ。因みに詩の方は、ジャック・プレベール。映画「夜の門」の主題歌。墓石に刻まれた音符はその「枯葉」の冒頭部分。